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ハートを繋いで 〜ある詩人との出会い〜

「NHKハート展」という催しをご存知ですか?
今年16回目を迎えたこの展示会は、障がいを持つ人たちによる詩にインスピレーションを受け、文化やアートに携わる人たちがハートをモチーフとして制作した作品が全国を巡回する催しです。
今回私は初めて参加させていただきました。
制作にあたり、私に提示された詩をご紹介します。

さくら

名もなき山に
一つ、二つ
春の簪(かんざし)が揺れる


この詩を初めて読んだとき、私の中には淡いピンク色の風景が広がりました。
その中で、ハート型の花びらが動きを持って語りかけてきます…。
画用紙に色鉛筆で書いた下絵は、すぐに出来上がりました。
そしてそれを、キラキラとしたビーズやスパングルで刺繍してみよう、と思い立ちました。

そして出来上がった作品は、3月1日、日本橋の三越本店で開かれた「ハート展」で初公開されました。額装された作品の下には、作者の自筆による詩が掲げられていました。

しばしその前で佇んでいると、ストレッチャーに身を横たえた女性がお母様に付き添われ、近付いてきました。
そのときが詩の作者、笹原由理さんとの出会いになりました。
オープニングを迎えた会場の賑やかさの中で、由理さんはその詩へ込めた思いを、一生懸命私に語ってくれました。
辛いリハビリに通う道すがら、車窓から目にした一輪、二輪の桜の花がとても凛としていたことが強く心に残り、詩にしたとのことでした。

可憐な桜の花、夢見るような桜の色合いを女性らしい心情で描いた詩だと思っていた私は、初めて作詩者の気持ちを知ることができました。そして由理さんの心や体の苦しさをくみ取れなかったことに、すまないという気持ちにもなりました。

別れ際に由理さんは、一冊の詩集をくださいました。
「翳(かげ)をくぐる」と題されたその詩集には、実に深い詩が収められていたのでした。
どの詩にも、磨き込まれた言葉たちが、短く重ねられています。



記憶が痛くて
いつまでも
思い出にならない



不安

この足が
止まった時から
代わりに歩き始めた

ひとつひとつの詩が、心の中に突き刺さってきます。そしてエッセイの章には、小学3年生のときに関節リウマチと診断され治療するも、徐々に体が動かなくなり、中学1年には寝たきりとなってしまったことなどが綴られていました。
今までの重かったであろう日々に思いが至ると同時に、それをみじんも感じさせなかった、彼女の明るい表情が思い出されてなりませんでした。
自分の気持ちを、どのように詩へと昇華させてきたのか…。
「もういちどお会いして、じっくりと語り合えたら」と思ったのでした。
その後、7月に、NHK Eテレの「福祉ネットワーク」という番組で由理さんの特集が組まれました。彼女の詩に作品を寄せたということで、私も出演させていただいたとき、ビデオの中で彼女の来し方や日常を知ることができました。
病状が進んで小学校に通えなくなったとき、担任の先生が学級通信に由理さんの詩を紹介するコーナーを設けてくださったこと。
往診にお出でになる金澤明医師の導きによって、詩作を続けてきたこと。
金澤先生は、障がいを表に出した詩を書くことをきらい、常に別の表現をするようアドバイスされたといいます。そして具体的に添削するのではなく、常に彼女自身から変化が出てくるよう心がけられていたそうです。
そのような素晴らしい師のもと、彼女の詩作は自分自身の世界を確立していったのです。小学校の先生の温かさ、金澤先生の知的な指導…。なんという恵まれた出会いを得たことでしょう。
私自身、よき指導者たちとの出会いがあったからこそフルートを続けてこられたという強い思いがあるだけに、そのことを実感することができたのでした。

彼女とのご縁はさらに続きました。
現在「ハート展」が開催されているNHK福岡放送局で、記念イベントが開催されることになり、放送局内のホールをお訪ねしたのは先月末のことでした。そこでは由理さんとの対談、NHK福岡児童合唱団「MIRAI」の皆さん、ギタリストの西村正秀さんとの共演も予定されていました。

たくさんの観覧者たちに迎えられ、会場に入ってこられた由理さんは、ストレッチャーの上で少し緊張した様子ではありましたが、心に湛えた明るさが目元に表れていました。
そして「ハート展」について語ってくれました。
金澤先生が「ハート展」に詩を応募することを勧めてくださり、以来毎年それが励みとなり詩作を続けていたというのです。以来大変な倍率をくぐり抜け、10回もの入選を果たしてこられたのでした。
さらに、私のビーズ作品についても改めて話してくれました。
「東京の会場で初めて山形さんの作品を見たとき、ピンクの色彩が明るく感じました。自分の中では凛とした桜の花でしたのでイメージは違っていましたが、その作品から勇気をもらった気がしました」

その言葉を聞いた時、どんなにか私はうれしかったことでしょう。
司会の井芹美穂さんがおっしゃいました。
「それがハート展のよさですね。作詩者と作品のアートの制作者のイメージが合わさって、別のものを生み出していくのですね」
対談の後には、「いつか私の演奏を聴いてみたい」と言ってくれていた彼女の気持ちにも応えることができ、私にとって幸せなひとときとなりました。

最後に、私の好きな詩を記そうと思います。

流星群

屋根の上の夜空を
俯(うつぶせ)の胸の下に
抱いて眠る

ほとんどの時間を過ごす自室の窓から、「心は自由だ」と時空を超えて遊ぶ由理さんだからこそ書くことのできる、素敵な詩です。

2011年11月10日
山形由美
 
※このページで取り上げています詩は、全て 笹原由理 第三詩集「翳をくぐる」(求龍堂刊)より転載しています。
※「NHKハート展」の詳細はこちらをご覧ください。
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