山形由美 オフィシャルサイト

先日、以前受講していたクラスの先生を囲んでの新年会がありました。
そのクラスとは「快速家事と気楽なおもてなし」と名付けられた、いうなればハウスキーピングのお教室。主宰の原田知津子先生は、長年英文速記のお仕事とお忙しいご主人のサポートを両立され、東京オリンピック・札幌オリンピックではチーフコンパニオンを勤められたという、まさにスーパーレディです。都内の瀟洒なご自宅で開かれるクラスは、実用的であると同時に夢を持てる、素晴らしいものでした。先生の生来の明快なお人柄と優れた感性によって生み出された、「忙しい中でいかに手早く家事・雑事をこなし、美しく住まいを整え、気持ちにゆとりを持って日々暮らしていくか」という理念とノウハウは、多くの女性たちに影響を与えてきたのです。

少人数のクラスでは、さまざまなものの整理の仕方、捨て方に始まり、収納家具の選び方や生活動線に合わせた家の間取りの秘訣など、実に具体的な指導がありました。そして手をかけすぎない、それでいて優雅なティーや、ランチ、ディナーでのおもてなしの工夫から別荘暮らしの秘訣に至るまでの多岐に渡るご指導には、心がけ次第で生み出すことのできる時間を豊かさに生かしていくという精神が宿っていました。ちょうど那須暮らしをする少し前だったこともあり、家の設計やその後の生活に役立ったことはたくさんありますが、最も貴重な教えは「すぐする、すぐすむ」という言葉でした。どんなことでもすぐにしてしまえば簡単にすんでしまうという意味ですが、当たり前のように聞こえるこのフレーズは、実践してみると実に奥深いのです。

私は音楽家として毎日を送っています。好きな音楽に携わって生きていることを、なんて幸せなことか、と感じています。しかし一方で、現実生活とは無縁というわけにはいきません。おびただしい数の楽譜、書物・ＣＤなどの資料、ドレスや普段着などの衣類や小物、写真類、取材記事の掲載誌やプログラム、はたまた伝票類などの整理など、常日頃自分で管理しておかねばならないものは数限りなくあります。放っておいたら、すぐに家の中はめちゃくちゃになってしまうでしょう。常に何かよい整理法はないものかと悩んでいた私でしたが、「快速家事」の講座を受け、さらに「すぐする、すぐすむ」というフレーズを学んだことにより、暮らしぶりがかなりすっきりとしたのではないかと思います。また整理整頓にとどまらず、何かの意思決定をしなければならないときに、この言葉が後押ししてくれたこともありました。しかしあれから10年以上が経ち、所有するものも知らないうちにずいぶん増えてしまいました。コンサートに必要なものをスーツケースに詰め込んでは旅立つ生活を続けているうち、「すぐする、すぐすむ」を必ずしも実践できなくなることもしばしば。そのうち、少しずつおざなりになっていたものが溜まり、ついに収まりきれなくなっていたのです。まとめて片付けようと思っていたものの、年末の忙しさに大掃除もできないまま迎えた年明けでした。

新年会でお会いした時、先生は一ヶ月に及ぶアメリカ・オーストラリア旅行からお帰りになった直後でしたが、その時差・季節差をものともせず、一番お元気だったのは先生です。「今日は朝から忙しかったわ。故障していたガスレンジの交換に時間がかかってしまって、間に合わないかと思ったんだけれど」とおっしゃりながらも、誰よりも早く待ち合わせの場所に着いておられました。ご自宅では、きっと旅支度はすぐに解かれ、それぞれが所定の位置に収まっているのでしょう。あちらで受け取られたであろうたくさんのクリスマスプレゼントも、美しく居間に飾られているに違いありません。その日のお姿も頭の先から爪の先まで意識が行き届いており、どんな忙しいときでも完璧に身支度ができる日頃の生活ぶりがしのばれました。

楽しいランチの後、80歳代とはとても思えない、ハイヒールで颯爽と歩き去る先生のうしろ姿を見送りながら、「すぐする、すぐすむ」をモットーとして、毎日を明るく清々しく進んでいけば、私もいつか先生のような素敵なレディになれるのかもしれない、と強く感じました。
「そうだ、今度こそ頑張ろう。もうすぐ立春だし、いいタイミング！」と思った瞬間、
「いけない！すぐする、すぐすむだった。今日からだわ！」と恥じ入りながら思い直した私でした。